細胞バンクで作成した特性情報の誤りと訂正について

細胞バンクがホームページにて公開していた細胞株4種類の特性情報の一部に誤りがありました。各細胞株の利用者(提供先)の皆様には、誤りに気付いた時点でご報告と謝罪の連絡をしております。

<最初の事例>
対象細胞株:BL2M3細胞(注)、BL312細胞
BL2M3細胞(RCB0422)とBL312細胞(RCB0423)は、1989年に同じ研究者から同時に寄託を受けた牛白血病細胞株です。寄託後、下記の特性情報にて提供してきました。
BL2M3:牛白血病細胞。BLVを産生する株。Japanese black cow 由来。
BL312:牛白血病細胞。BLVを産生しない株。Holstein-Friesian cow 由来。
2020年8月、利用を検討している研究者からBL312細胞のBLV (bovine leukemia virus)産生についての問い合わせがあり、寄託情報と細胞樹立論文を確認したところ、BLV産生の記載が逆転していたことが分かりました。正しくは下記でした。
BL2M3:牛白血病細胞。BLVを産生しない株。Japanese black cow 由来。
BL312:牛白血病細胞。BLVを産生する株。Holstein-Friesian cow 由来。
(注)BL2M3細胞は、増殖性が悪いため研究使用が不可能であると判断し、2009年に提供を中止しています。

特性情報の精査と変更:
・ BLVは人獣共通感染症ではなく、ヒトに感染することはありません。
・ 様々なウイルスによって細胞同士が融合した合胞体が形成される事が知られています。BLVも合胞体形成を誘発するウイルスである事が知られています。そこで、合胞体形成能を有するネコ由来細胞(CC81)を用いて実験したところ、BL312細胞との共培養によって、CC81細胞の合胞体形成が明瞭に観察されました。この結果に基づき、特性情報を下記に変更しました。
BL312:牛白血病細胞。BLVを産生する株。Holstein-Friesian cow 由来。理研細胞バンクで実施した合胞体形成実験の結果もBLV産生を示唆する結果であった。

■ 現在は、細胞特性情報は寄託者自身が記載したものを公開していますが、理研細胞バンク発足(1987年)から2010年頃までは、寄託者から受領したデータシートに基づいて細胞バンクで特性情報を作成していました。そこで、細胞バンクで特性情報を作成していた時期の他の細胞株の特性情報に誤りがないかを網羅的に調査しました(約1,700株)。その結果、以下の事例が新たに判明いたしました。

<2番目の事例> 網羅的調査にて発見した特性情報の誤り
対象細胞株:MAEC細胞
MAEC細胞(RCB2712)は2007年に寄託を受けた細胞株であり、下記の特性情報にて提供してきました。
p53欠損マウスの大動脈に由来する細胞株。上皮様細胞。
正しくは下記でした。2021年3月に確認。
p53欠損マウスの大動脈に由来する細胞株。内皮様細胞。

特性情報の精査と変更:
「上皮様細胞」又は「内皮様細胞」は、細胞の形態情報として寄託者から登録を受けた情報であり、その転載に誤りがあったものです。細胞樹立論文を確認したところ、論文タイトルにてMAEC細胞は血管内皮細胞株と記載してあり、また、血管内皮細胞としての特性解析結果も同論文にて十分に示されており、特性情報を下記に変更しました。
p53欠損マウスの大動脈に由来する血管内皮細胞株。

<3番目の事例> 網羅的調査にて発見した特性情報の誤り
対象細胞株:TKD2細胞
TKD2細胞(RCB0752)は1992年に寄託を受けた細胞株であり、下記の特性情報にて提供してきました。
マウス腎由来上皮細胞株。温度感受性SV40 large T抗原(SV40tsA58)を発現しているトランスジェニックマウスから樹立。
正しくは下記でした。2021年8月に確認。
マウス腎由来内皮細胞株。温度感受性SV40 large T抗原(SV40tsA58)を発現しているトランスジェニックマウスから樹立。

特性情報の精査と変更:
・ 樹立論文では、TKD2細胞を内皮細胞と判断した実験結果としてアセチル化LDL (low density lipoprotein)の細胞内取り込みを記載していますが、data not shownであり該当する実験結果は示されていません。そこで、当室において同実験を実施したところ、陽性対照細胞と比較して、明瞭な取込があるとは判断できませんでした。加えて、内皮細胞のマーカーであるCD31およびFlk-1の発現をフローサイトメーターで解析したところ、陽性対照細胞では発現を認めましたが、TKD2細胞では発現を認めませんでした。
・ 上記の解析結果は、TKD2細胞は内皮細胞としての典型的な特性は有していない事を示唆しています。
・ 上記解析には寄託直後のTKD2細胞を用いており、細胞株の樹立から細胞バンクへの寄託までの期間で、内皮細胞としての特性が変化した可能性が考えられます。
・ 上記の解析結果を踏まえ、下記の特性情報にて提供を継続することとしました(内皮を削除しました)。
マウス腎由来細胞株。温度感受性SV40 large T抗原(SV40tsA58)を発現しているトランスジェニックマウスから樹立。

<4番目の事例> 網羅的調査にて発見した特性情報の誤り
対象細胞株:B1203L細胞
B1203L細胞(RCB2818)は2008年に寄託を受けた細胞株であり、下記の特性情報にて提供してきました。
ヒト肺癌(adenocarcinoma)細胞に由来する細胞株。
正しくは下記でした。2023年2月に確認。
ヒト肺癌(squamous cell carcinoma)細胞に由来する細胞株。

特性情報の精査と変更:
同じ研究者から同時に3株の肺癌細胞株の寄託を受けたケースであり、寄託者登録のデータシートを基に特性情報を作成する過程で誤りがあったことを確認しました。他の2株の特性情報に誤りはありませんでした。樹立論文も確認し、上記に変更しました。

再発防止と今後の対応について
理研細胞バンク発足当初(1987年~)の細胞は、ヒトがん細胞株に代表されるような、継代培養を繰り返すことによって不死化した細胞株であり、特性情報としては「がんの種類」、「年齢」、「性別」、「細胞形態(上皮様、内皮様等)」程度のものでした。その後、様々な不死化技術が開発され(iPS細胞もそのひとつ)、また、様々なマーカー遺伝子の開発や遺伝子発現調節システム関連技術なども発展し、きわめて多種多様な細胞株が寄託されるようになりました。そこで、寄託者自身がアピールしたい点なども含めて、特性情報は寄託者自身に作成していただくことが適切であると考え、2010年頃より特性情報は寄託者自身が記載したものを公開しています。結果として、上記4事例のような細胞バンクにおける特性情報作成の誤りという事態はなくなりました。更に、以下の事項を実施することで正確な特性情報を公開できるよう取り組んでいます。
・細胞寄託時に寄託者から入手した細胞特性情報(データシート)に不明な点や疑問な点があれば寄託者に確認しています。
・各細胞株をホームページで公開する前に、「公開を開始します。」という寄託者への連絡と一緒に、公開する特性情報を再確認していただいています。
これらの取り組みを継続・徹底し、細胞特性情報の適切な記載に努めてまいります。

引き続き、理研バイオリソース研究センターの事業に対してご理解とご支援を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

以上



コメントは受け付けていません。